誰もが安心して住み続けられるまちづくり

法人の変遷とともに歩む
~発刊当時をふりかえって~

2021/06/23 東京ほくと

1978年、「労働者クラブ生活協同組合」から「東京北部医療生協」へと独立して、機関紙「健康の歯車」が発刊されました。1999年、「荒川生協」と合同して「東京ほくと医療生協」と名称変更をしたとき、機関紙も「東京ほくと」に変わりました。この2つの機関紙が通算して、今号で500号の節目を迎えました。
医療生協としてのスタートから「地域保健課」の保健師を中心に各地域で「保健学校」を開き、医療生協の健康づくり活動の担い手となる「保健委員」づくりを活発に展開しました。保健委員の第一世代とも言うべき組合員さんが、現在の各支部での医療生協活動の草分け的役割を果たされました。
この活動を組合員さんが中心となって編集される機関紙が分かりやすく伝えたことにより、保健活動と機関紙「健康の歯車」が相乗効果をあげ、医療生協が急速に広がりました。この時期に、私も王子生協病院で医師として最も充実した時期を過ごすことができました。支部の集まりにも出させていただいて、医療生協で働くことの楽しさを感じることができました。
これからも「東京ほくと」が医療生協活動の柱としての役割を果たしていくことを期待しています。

元理事長
生協北診療所長
大場 俊英


祝!500号

ご愛読ありがとうございます。
読者の皆さんに支えられて500号の発行を迎えることができました。